『物足りない』


それがボクの正直な想いだった。


いつからだろう?

こんな気持ちを覚えたのは。





   『触れる手』






ドアのチャイムが鳴って相手を出迎える。
こんな何処の家にでもある風景がボクには特別になった。

『恋人』を出迎える。

それだけのコトがとても大切な時間となる。




「わりぃ、遅くなった」

「いや、ボクもさっき戻ったばかりだから」

「寂しかったとか、会いたかったとか云ってくんねぇ?」

「誰がっそれより今日のキミの対局だけど…」


云い終わるかどうかと云うところで、ドアの内側へと身を滑らし後ろ手に閉めた進藤に軽く抱き締められる。


「進藤っ」

「結果は知ってんだろ? それより先に褒めてくんない?」

「タイトル取れたら褒めてあげるよ」

「……厳しい…」


はいはいと素早く離れる体温に寂しさを感じてしまう。
前は文句を云っても簡単には離れていかなかった体温なのに…。
ふと縋りたくなってしまう手を…無意識のように相手を追ってしまう視線を…。

それを認めたくなくて…自分自身をも誤魔化している。



「まずは一歩近付いた」


振り向いた進藤の表情は『挑戦者』だ。

本因坊のタイトルをかけた戦い。
まだ予選は始まったばかりだが、一歩一歩、確実に進むしかない。


挑戦者の進藤は『男』の目をしていた。


その強い瞳に引き寄せられる。




離れた距離だけ近付きたくて一歩踏み出すと同時に、進藤はボクの傍を抜けて奥へと行ってしまう。


「棋譜、並べてやろうか? オレの解説付きで」


そう振り返る笑顔に、胸に募る少しの寂しさを見ないふりをした。









進藤と想いを通わせて一年経つ。
ずっと気になっていた相手と…ライバルだと決めている相手と…つまり『そういった』関係になるのに抵抗が無かったと云えば嘘になる。
ボクの躊躇いを見透かすように触れてくる進藤。
その手に遠慮と云うモノはない。

熱い手に…相手の気持ちがダイレクトに伝わってきて戸惑う。
身体はすぐに煽られ、止まらないのに…気持ちは躊躇いを隠せない。

進藤の事が好きだ。
この気持ちは誰にも…ボク自身にも止められなかった。


しかし、触れられる手に戸惑いは隠せなかった。

これでいいのか?
触れられる想いに、ボクの想いは応えられているのか?




この関係は決していい未来が待っているとは思えない。
いつまで続くか判らない関係…終わりが来る関係に躊躇いは少なからず存在した。


進藤はいつまで、ボクを好きだと云ってくれるのか。



相手はそれを感じ取っているのか…何かが…小さく、少しだけ変わった。
今までと違う…触れ合う時の小さな違和感。











「げっもうこんな時間じゃん。腹減った…」


気が付けば…魅力的な棋譜に引き込まれ、3時間が経っていた。


「お前も何か食うだろう?」


勝手知ったる…と云う感じで、当たり前のように冷蔵庫を開け物色している。
案外、器用と云うか…簡単な料理は難なくこなす進藤だ。
この部屋にある食料は、彼が管理しているようなものだった。
そのくらいボクは食べる事に無頓着だった。


相変わらず器用に…残り物でボクの分まで用意し、簡単な食事を済ませる。
食後のコーヒーぐらいはとお湯を沸かす為に台所に立つと、後ろからそっと抱き込まれた。


「進藤、危ない」

「うん…でも触れたい」


肩口に顔を埋めてくる。
何かを確かめるように…熱く触れて離さない。


背中の温もりがもどかしくて…もっと確かめたくて…進藤に触れたくて腕を回そうとした。


「ダメ…」

「……?」


身体の向きを変えようとするのを阻止するように押さえ込まれ、上げた手も押し戻される。



そうだ……感じていた小さな違和感。

進藤は熱い手で触れてくるのに…ボクから触れる事を彼は拒んでいたのだ。
優しく…何もかも判っている様な笑顔で。
でも、確かに拒絶だった。

確かめるように、回された手にそっと触れてみる。


「ダメだってば。お前、引き返せなくなるよ?」



その言葉に気付く。



………ボクの躊躇いを判っていたのだ、進藤は。

そして、結論をボクに任せていたのだ。
迷う気持ちを…未来を不安に思う気持ちを。
考える時間を…結論を出した時には従う事を考え…キミは逃げ道を作ってくれたのだ。


進藤はきっと、どんなに辛い結果でも受け入れようとするのだろう。

自分の事よりもボクの事を考えて…。


身体が熱くなるのを感じた。
凄く…凄く進藤に触れたくて堪らなくなる。




これがボクが選んだ男だ。


ボクが求めた相手だ。






回された手を解いて、進藤と向き合う。
息も触れ合う距離に触れたい気持ちが溢れだす。




感じていた物足りなさは……進藤だ。


進藤が足りなかったのだ。




振り解いた手に触れる。


冷たい指先。
進藤が緊張している証拠だ。
その冷たい指先を…冷たい唇を暖める事が出来るなら…それはどんなに幸せだろう。




「引き返すつもりなんかない」


覗き込まれる瞳に引き込まれる。



「キミに触れたい………キミが欲しいだけだ」


それは、ボクからの初めての告白だったかもしれない。
囁きながら交わしたキスは、とても熱く幸せな味がした。





                                        2006.01.15  高田あさぎ様


この素敵なお話はヒカアキサイト『embrace』の高田あさぎ様からとりとんさんのお誕生祝いに♪
といただきました。
いつもいつもありがとうございます(感涙)
おいらの「進藤の手フェチ」を思う存分取り入れて下さってて正直「やられた!」と思いました(笑)
余裕のよっちゃんな進藤(でも内心緊張してる)・・・・大好きです。
おそらく進藤の心の内は、もう塔矢の全てを絡め取りたくて自分だけのものにしたくて堪らない!といった嵐が吹き荒れているんでしょうが、あくまでもその嵐の渦にただ勢いで巻き込むのではなく、塔矢自らが飛び込んで来て欲しい、といった進藤のこだわり!思いやり・・・・・・優しさ・・・・・。
ううう・・・・・やっぱカッコええ!
そんな進藤に縋りたくなるアキラさん・・・・・・わかります。
そんなアキラさんの心の内の揺らぎをも見事に書かれているあさぎさんに乾杯です。

そして、ええ・・・・・おいらもアキラさんと同様「引き返すつもりなんかない」でございます。
もうこうなったらどこまでも憑・・・ついて行く所存でございます。
これからもよろしくお願い致しますね、あさぎさんちの進藤♪(そっちかいっ?!)
そして進藤同様、あさぎさん。腐れ仲間として大阪で明けたこの2006年(笑)またよろしくお願い致します。

                                                      2006年1月18日