別れ・23(塔矢side)ラスト
| カーテンの隙間から強い夏の日差しが差し込んでいる・・・ もうお昼近いのか? ふと隣を見ると彼がいるはずの場所はもぬけの殻なので、一瞬ドキっとして身体を起こした。 進藤はどうやら朝食の支度をしているらしく、キッチンの方からカチャカチャと食器の擦れる音が聞こえてくる。 僕はそのまま、また枕に頭を落とし大きくため息をついた。 どうも昨夜のあれこれが次々と脳裏に鮮やかに蘇ってきてしまっていけない。 ふたりとも、かなりタガが外れてしまっていたと思う。 「さすがに今回ばかりは進藤だけを責めることは出来ないな。」 彼からも激しく求められたけれど、それ以上に自らもヒカルを求め続けた。 「十代じゃあるまいし・・・」 と思わずふたり苦笑いしたほどに、それは激しかった。 身体のあちこちに残る昨夜の余韻があまりに強くて、このまま平静な気持ちで日常生活に戻れるのだろうか? と本気で心配になる。 今日は一日、昨夜の気分を引きずって過ごしてしまいそうだ。 「セックスってさぁ、メンタルなスポーツだと思うんだよなー。ああ、あくまでも愛情あってを前提で言ってるんだぞ?」 昔、彼が終わった後いつもの様に僕の髪をなでながらいきなり言い出した言葉。 「まあ、さ。スポーツっつーくらいだから参加することに意義があるわけだけど、やっぱそれなりに気力と体力がさ 釣り合って充実してないとダメな訳」 「それはキミの持論?」 「うん、そう持論っつーーかポリシーっつーか・・」 「そんなところにポリシー持っててどうする」 「イイじゃん、だって今日はすっごくヨかったからさ、つい言いたくなっちゃったんだってば」 「キミっていつもそうだけど、面白いところに価値を見出すのが好きだよね」 「そんなオレが好き、なんだろ?」 「自信家だな、キミは」 「これくらいの自信家じゃなけりゃ、塔矢アキラの彼氏なんてやってられませんー」 「ばか・・・」 あの時彼が言った持論風に言えば、昨夜はまさに気力体力共に充実した夜だったのだろう。 しかし、昨日は韓国から帰国したばかりで、本当ならば疲れ切ってへとへとなはずだ。 もしかして会場でのカミングアウト、あれで自分の中の何かが吹っ切れたんだろうか? そうだ、多分今頃自分の携帯や自宅の留守電はすでに一杯になっているに違いない。 枕を抱えてどんよりとそんなことを考えていたら、ひょっこりとヒカルが顔を覗かせた。 「あ、起きた?メシ出来てるけど・・・・お前起きれそう?」 起きられない、というのも悔しかったので勢いをつけて起き上がってみた。 よほど僕は痛みにしかめた顔をしていたんだろう。 慌ててヒカルが飛んでくる。 「ムリすんなって。寝てろよ、今日は休みだしな。」 「いや、シャワーも浴びたいし、色々と、その・・気になるし・・・・」 「ああ、うちの電話さ、朝から鳴りっぱなしでウルサイから留守電にしといたら既に伝言が一杯。 携帯もいちいちブルブルうざいから電源落としちゃった。えへ。」 えへって・・・・そこで笑うか?普通。 「本当に・・・・・キミには敵わないよ。」 それから何とか起き上がってシャワーを浴びて、彼が用意してくれた朝食という名のお昼ご飯を食べる。 今日の進藤は至れり尽くせりで「お代わりは?」とか「お茶でいい?」とかあれこれ細々と動き回ってくれるのを いいことに僕はすっかり彼に甘えてしまった。 やっとふたり落ち着いてお茶を飲み始めた頃、おもむろに彼が口を開いた。 「アキラ、あのさ・・・・オレたちのことなんだけどさ・・・・」 「なに?」 「オレたちのこと、緒方先生知ってたんだよ。」 「え?何を知ってたって?」 「だからさ、もう前から気がついていたって言われたんだ、オレたちがこういう関係だっていう事。ウソだろーってオレ思ったんだけど。」 「うそ、どうして?!」 「緒方さんはアキラくんの雰囲気がある時からがらっと変わったのはお前のせいだろう!って言うんだよなー。 多分それはオマエたちが付き合い始めた頃からに違いないってさ。それはもう自信満々な態度でムカつくったら・・・・。ってアキラ?聞いてる?」 うそだ、うそだ。そんなこと・・・・・じゃあ僕はそんな緒方さんと平気で今まで会話してたって事か? 「お前からはなんかこう、恋してるオーラ?みたいなもんが出てたらしいぞ?だからオレからは出てなかった?って聞いたんだけどお前はいつもちゃらちゃらしてるからさっぱりわからなかった、ってこうだぜ!アタマ来ると思わねえ?」 「いや、キミのことについては敢えて否定はしないが何で僕が。そんなに浮かれていたんだろうか?僕は!」 「おいおいおいーーーー仮にも恋人を捕まえてちっとはフォローしろよぉ。」 「ショックだ」 「オレもフォローしてくれないアキラにショックだ。それでさ、もっとショックな事言っていい?」 「ふぅ・・・・もう何を言われても僕は驚かないよ、ヒカル」 「んじゃ言うけどさ、お前の親父さん塔矢名人も気がついてたって緒方さん言うんだよなー。」 ゴトッ! 僕は持ってた湯呑みを落とした。 幸い既に飲み終えていたので被害は無かったが。 「今、何と言った?ヒカル?!」 「だからぁ〜お前の親父さんがー」 「父がいつから知ってたと?!」 「んーーと、一緒に暮らし始めた頃には既にご存知・・・って奴?らしい、緒方さんによると。」 目の前が真っ暗になった。 今まで僕は自分たち二人だけで辛い秘密を抱えていたつもりでいた。 もちろん、親に告白するだなんてとんでもないことで・・・・ それなのに、父は知っていたと?! 知ってて黙って・・・・僕が進藤との同居を解消して家に戻った時、父も母も何も言わなかった。 黙って見守るのも親の愛情なのか。 「オマエのオヤジさんたちが今度帰国したらさ、挨拶に行こうな」 少し涙ぐんだ僕を見た彼は静かにそう言った。 それから二人ソファーに移ってTVをつけたらちょうどワイドショーの時間帯だったらしく、コメンテーターがTV画面の中で賑やかにまくし立てていた。 「新進気鋭の進藤本因坊と塔矢棋聖の・・・」 いきなりそんなセリフが飛び込んできてぎょっとする。 そして僕たちの顔写真がアップで画面に映し出された。 「あーー、この写真週刊○○で使った奴だ。折角なんだからさぁ、もうちょっとイイ奴使ってくれても・・・・」 突っ込むところはソコかっ?!進藤! とボクも的外れな突っ込みを心の中で入れつつ、複雑な気持ちでTVを観る。 TV画面には誰が撮影したんだか、ちょうど祝勝会場でふたり抱き合っている写真が映っていた。 どうせ気持ち悪い、とかゲイとか信じられないとかで終わるんだろう・・・・と思って観ていたら女性コメンテーターが最後にこう言って締めくくった。 「わたくしは以前彼らに別々ではありますけどインタビューをさせていただいた事があります。とても礼儀正しい感じの良い青年たちでした。お互いをライバルとして認め合っていて、けれど相手を尊敬しつつこれからも上を目指して行く、という言葉にとても感動した記憶があります。厳しい勝負の世界で時には戦いつつもお互いを尊重しながら生きていく、というのは言葉に出すのは簡単なことですが、これってとても難しいことなんじゃないでしょうか?」 意外な言葉に僕たちは顔を見合わせた。 「実際彼らは今回の本因坊戦の最終予選で戦っていまして、それは素晴らしい見事な勝負だったそうです。囲碁の事はあまり詳しくはないんですが、どの関係者の方々に伺っても歴史に残るような名勝負だった・・・・と聞いております。 今の時代同性同士の恋愛はそう珍しくはありません。そして勝負の中に馴れ合いといったような感情を持ち込むような彼らでは決してない、とわたくしは思うのです。」 暫らくは声も出なかった。 人にあまり関心が無い僕が、この女性キャスターの事はよく覚えていた。 囲碁を全然知らない、と言いつつもこのインタビューの為に結構勉強してきたらしく、手応えのあるインタビュー内容だった。人柄にとても親しみを感じたのでいつもはしゃべらないことまで僕は色々しゃべっていたかも知れない。 「オレ、この女性覚えてる。面白れぇ人でさぁ。色んなこと喋っちゃったーオレ。」 進藤・・・・キミもか。 そして囲碁界なんて地味な世界での出来事にそれほど時間を割くことも無く、すぐにTVの話題は次へと移っていった。 「あーー、何かちょっとオレ勇気出たかも!今ので」 「うん・・・嬉しいね。あんな風に僕らのことを言ってもらえて。本来マスコミからすればスキャンダル的に美味しい話題なのに。」 「棋院はそうは行かないだろうけどな。」 「除名・・・・とかされるんだろうか?」 「されたらされたでいいじゃんか!別に。ここがダメならさ、韓国にでも行くか?スヨンたちがいるぞ♪」 「キミは・・・・」 進藤のこういった前向きな姿勢にはいつも救われる。 大変なこともたいしたこと無い、みたいにあしらってしまう。 以前ならばそんなところが無責任だ!と憤ってしまった僕だったけど、今の僕はかなり彼に感化されたらしい。 碁が打てるのならば、何も日本だけじゃなくって他にもあるじゃないか・・・とまで思い始めている自分がいた。 「キミとだったらどこへでも行くよ」 「うわー、それすっげえ殺し文句!」 その頃日本棋院は大変なことになっていた、らしい。 あとで和谷くんから 「日本囲碁界に激震が走ったぜ!あんときゃ!」 とマジメな顔をして言われた。 当面の間、僕らふたりは謹慎処分。 僕らの処分について上層部で意見が分かれ、揉めに揉めているらしかった。 それはそうだろう。 問題の二人は、かたや本因坊、かたや棋聖だ。 こんなこと、前代未聞だろう。 当然、棋戦から外されるわけだったがそれはもうしょうがないことだった。 「家にじっとしてても腐っちまうだけだからさー、どっか旅行でも行かねえ?」 「謹慎中だぞ、進藤」 「ええーー、高校生の謹慎とは訳が違うんだからさーいいだろ?近場なら何とかなるって。伊豆あたりにでも行くか?」 「ふう・・・・まあ、今は携帯があるからな。急ぎの用があればそちらにかけて寄越すだろう。まあ・・・いいかも知れないな」 実際、彼のマンションの近くには明らかにマスコミ記者と思われるような人が張り付いていたのが気になっていたので、その提案に乗ることにした。 まさか芸能人じゃあるまいし、伊豆まで追いかけてくることはないだろう。 彼が運転する車に乗り込み地下駐車場から、スピードを上げて外へ走り出す。 バックミラーには数人の記者らしき人たちが、あわてて車を追いかけて走ってくる様子が見えた。 そんな彼らを振り切るように、僕らは夏も終わりの伊豆へと旅立った。 「はーーーこんなとこまで碁盤持ってきたんだ。オマエらしいっちゃオマエらしいけどな」 昔から家族ぐるみで懇意にしていた宿に着いて、まず僕がしたことはバッグから携帯用の薄い碁盤を取り出すことだった。 子供の頃から僕のことをよく知ってる女将さんは何も言わずに、僕たちを受け入れてくれた。 暫らくは世間のわずらわしいことから離れる事が出来そうだ。 そんな時に碁を打たずしてどうする?ヒカル?! そうして数日が過ぎた頃、ヒカルの携帯に電話が入った。 「はい、もしもし・・・・なんだー奈瀬かぁ?どうしたぁ?ああ?オレたち?今伊豆〜♪いいだろー。」 彼の携帯から奈瀬さんのものと思われる大きな声が響いてくる。 恐らくはヒカルを叱り付けているんであろう。こちらにまで言葉の端々が漏れ聞こえて来た。 「え?そりゃ世間を騒がせて棋院にも皆にも迷惑かけて悪かったって思ってるよぅ、うん、うん・・・・は?何? やおい?何、ソレ?はぁ?なんて雑誌?わかった、後で読んでみるありがと、じゃな!」 「何だって?ヒカル?」 「ああ・・・なんかさ、女性誌でさ、オレたちのことあちこちで取り上げてるらしくて・・・・・それがどうも何言ってんだかさっぱりわかんねえよ・・・」 「どうしたんだ?」 「面白いことになってるからすぐに読めって奈瀬が言うんだよ。何だろ、気になるー。オレちょっとコンビニ行って買ってくるわ」 「雑誌の名前はわかるのか?」 「うん。どれも前に取材受けたことがある雑誌だからわかる」 30分もしないで帰って来た彼が買って来た数冊の女性誌を早速ふたりで広げた。 以前受けた取材の時の写真と共に、例の会場での抱擁シーンの写真がカラーで紹介されていた。 それより驚いたのが、見出しだった。 『わたしたち、応援します☆』 そう大きく書かれたタイトルの下には読者からの、メールでの応援メッセージや女性有識者のコメントが載っていた。 「カッコいい」 「いいじゃん♪」 「同性だって全然おかしくない!」 「この時代にどうこう言う方がおかしい」 等々・・・・・・・ 「これは?一体どうなってるんだ?ヒカル」 「こっちの雑誌も同じようなことになってるぜ、アキラ」 どれもみな、僕たちの関係のことについて否定するどころか頑張れ、みたいなムードが漂っていて僕はそれをどう捕らえていいのかさっぱり判らず・・・・・・。 ただ言えるのは世の女性たちに僕たちの関係が熱狂的に支持されている・・・ということだった。 「なんか時代が変わったのかなあ、オレ驚いちゃったよ。すげーな」 「こんな騒ぎになってしまったことの方が僕は心配だけど」 「まあ、いいじゃん。支持してくれる人たちがこれだけいるなんてさー。ありがたいことだよ」 そう簡単に割り切れるものでもないだろう、と思っているところに今度は僕の携帯が鳴った。 「緒方さんだ・・・・・・はい、アキラです。はい・・・・はい・・・・え?そうなんですか・・・・はい、わかりました。 ありがとうございます。みなさんにくれぐれもよろしくお伝え下さい」 「何だって?緒方さん」 「うん、今週中には僕たちの処分が決まるらしいって。」 「そっか・・・・」 「それで・・・緒方さんや桑原さん、倉田さんなんかがあちこちに呼びかけて僕たちの除名だけは止めさせるように働きかけてくれてるんだそうだよ、ヒカル」 「そっか・・・・・オレたちって恵まれてんな・・・・・」 「うん・・・・明日になったら帰ろう、ヒカル。結果がどうであれ、どんな処分が下ってもそれを厳粛に受け止めよう」 結局、僕たちにはお咎めは無かった。 すでに謹慎という処分を受けたことが処分らしい処分ということだけで。 初秋。 やはり厳しい世間の視線を浴びつつも僕らはまた棋戦に戻ることが出来た。 碁を打てるのなら、そしてヒカルと共に歩んでいかれるのならどんな事だって僕は甘んじて受けて行こうと思う。 先日、ヒカルは倉田さんに散々高級焼肉料理店で奢らされた!とわめいていたが、そんな倉田さんの優しさが僕は嬉しかった。 棋院でもヒカルの院生時代の仲間たちが色んな場面で、力になってくれた。 そんな彼らに僕たちはただ棋戦で精一杯力を出していくことで感謝を表そう、と話した。 言葉であれこれ言うよりも戦績で僕たちの姿勢を示す・・・・・ それしかないだろう、と・・・・・・・・・ それから10年後。 ヒカルの一人息子が僕の門下に入門した。 母親の元で育てられた彼は、随分長い間ヒカルを憎んでいたらしい。 それはそうだろう。 子供からすれば大事な母親を捨てたも同然な父親なのだから。 しかもその原因は僕だ。 すでに母親は再婚して久しかったが、それでも学校などでは随分といじめられたりしていただろう。 世間では僕らの関係はかなり認められてはいたが、やはり子供の世界は時として残酷だから辛らつな言葉などを浴びせかけられたりもしたのかも知れなかった。 ヒカルはそのことをかなり気にかけていた。 身近な友達に囲碁をやる子がいたらしい。 始めはかなり渋っていた彼も、つい引き込まれ・・・・そしてやはり彼はヒカルの子だった。 メキメキ上達していき自分でも面白くなってきたのだろう。 ある日、 「ここよりもっと上に行くにはどうしたらよいのか」 とオレに電話をかけてきた、とヒカルが泣き出さんばかりに喜んで僕に知らせて来た。 囲碁界に少しだけ首を突っ込んで、初めて自分の父がどれほどの位置にいるのかわかったのだろう。 ヒカルはすでに本因坊の座を不動のものとしていた。 棋聖や名人位も僕らは取ったり取られたりを繰り返していた。 電話だけではどの程度の腕前かは計りかねたが、碁会所などで大人たちを打ち負かしているという話が本当ならばもう院生試験を受けた方がいい段階にまで来ているに違いなかった。 「どうしよう、どうしよう!なあアキラー。いきなり院生試験なんてさームリだよなあ!」 「キミは確かイキナリ院生試験だったんじゃないか?」 「だぁーーっ!オレはオレだよー。ああーーーやっぱちゃんとした先生に師事してそれからだよなあ・・・!」 それから、何度か電話でやり取りをしていたらしく、その結果が僕の門下に入る、ということだった。 そこに至るまで、色々と揉めた。 母親がまず反対した。 しかし本人ががんとして聞かず、しばらくは気まずい日々が続いた。 しかし新しい父親が賛成したのだった。 本人のやりたいようにやらせればいいじゃないか、と・・・・・ そこで母親が折れた。 息子の実力を一番に認めていたのは何を言おう、その母であったからそれから話が進むのは早かった。 季節は春。 明日は彼の息子の卒業式だ。 式を終えてから母親と正式にうちに挨拶にくることになっている。 一度会ったことがあるが、大きな瞳と明るい髪があの頃の彼にそっくりだった。 そして季節は繰り返す・・・・・・・・
2005年12月23日 |
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終わりました・・・・・・・。 |