only a few
Eve

今日は都内でも大掛かりな棋院主催のイベントがあって、アキラはそれに呼ばれていた。
事前に渡されていたイベントの進行表でヒカルがいないことは確認していたし、それ以前にも日程的には無理だというのも知っていた。
ここ暫くタイトル戦の予選手合の続いているヒカルは今日も何かしらの手合が入っている。
そのためにイベントに参加することは出来ずに今頃は棋院で高段者相手に打ち合っているはずだったが、アキラはそれがどういう手合かは知らない。
通常の手合なのか、タイトル戦に絡む手合なのか。
インターネットで棋院のホームページを見ればわかることだったが、アキラ自身も忙しくて調べる時間を取れずにいた。本人に聞けばわかることでもあったが、これもなかなかタイミングが掴めず聞けないままだ。
対局の結果だって知りたいのだが、そう上手くもいかなそうだと進行表を見たときからアキラは思っていた。

イベント後に慰労会もあるし、成人してしまっている以上その後の酒の席も断ることも出来ない。
今日のイベントには同門下である緒方や芦原、笹木などが参加していて、同門下がこう多くては早々に退散することも出来ないだろう。普段の付き合いを最低限にしてしまっているからこういう時ぐらいは付き合わないわけにもいかない。
周りの雰囲気を見ながら出来るだけ早く抜けてしまおう。
このところ予定が合わなくて進藤にもゆっくり会えていないし、たまには会ってたくさん話をしてたくさん打ち合いたい。
明日、進藤は約束があると随分前から言っていたけど明後日は何もなかったはずだ。
イベントが終われば久しぶりの二連休が待っているアキラは慰労会への憂鬱さとは全く別に久しぶりにゆっくりヒカルに会えるだろうことに胸を高鳴らせていた。

午前中は女流棋士――数年前女流枠で入段を果たした人だったがアキラよりも年上だ――を聞き手に大盤対局の解説。お昼休憩を挟んで午後は予約者を相手にした三面の指導碁。
一日中盤について気を抜く暇のないスケジュールが組まれている。
アキラの性格をよくわかって組んでくれた内容ともいえるが、いいように使われているようにも見える微妙な配置だった。
一般の女性の相手だけはしなくて済むように考えてくれたらしい。
そのことにだけは素直に感謝して、本当に丸一日気の抜けない内容にアキラは小さく息を吐き会場に足を向けた。


午前中の大盤解説は穏やかに真面目に多方向からの解説するアキラと明るく人懐っこい笑みを浮かべながら聞き役をする女流棋士の対比が上手い具合に和やかな空気を作って、時々は会場を笑わせながら進んだ。
壇上で何かをするのはアキラはあまり好きではなかったが、聞き役の笑い方がどこかヒカルに似ている雰囲気があって、アキラはいつもほど緊張したり頑なになったりすることなく解説に集中することが出来た。
終わってからも自己嫌悪にならない、そんな壇上での催しは久しぶりでアキラは穏やかな気持ちでお昼休憩に入ることが出来、食事に誘ってくれた芦原と一緒に珍しく楽しくしゃべりながら食べることも出来て割とリラックスした状態で休憩時間を過ごす。
食後の紅茶が運ばれてきて、ふと気がついたアキラは席を立った。

「アキラ?」

何も言わずに立ち上がったアキラに芦原が不思議そうに声を掛ける。
「ああ、ごめんなさい。お手洗いに行ってきます」
そう言ってスタスタと奥へ向かう。
楽天的な芦原はアキラの言葉に軽く手を振って自分に運ばれてきていたコーヒーに意識を戻した。
芦原から見えない位置に来るとアキラは携帯を取り出して
『今夜、イベントが終わったら君の部屋に行く』
それだけを打って素早く送信した。
そのまま素知らぬ振りをして席に戻ると午後のイベントの話をしながら残りの時間を過ごしイベント会場へと戻った。


午後の三面指導碁は年配のアマチュア達で孫に対するような大らかな態度で接してくる。
囲碁の腕とは関係なく人生的には先輩達で、たくさんの苦労もしてきている人たちだからアキラの言葉が多少きつくなったりしても気にせず柔らかな笑みと一緒に流してくれる。
どの人も指導碁をしながら最近の対局のことやこれからあるタイトル戦に関わるような対局のことを聞かれ、アキラがそれについて返事をすると
「頑張ってね」
「応援してるよ」
「これからが大変だよね」
などと励ましてくれた。
いい人たちに当たったとアキラも和やかな気持ちでイベントの終わり間際まで熱心に指導をした。
終わり際、最後に相手をしていた人からも
「塔矢君の活躍を楽しみにしているよ。頑張ってね」
と言葉をもらって心の中が温かくなる。
「ありがとうございます。ご期待に添うように頑張ります」

含みもなく嫌味でもない言葉に自然に素直な言葉が口から出ていた。