夜景
進藤《4》

| 「こんにちわ」 「あ、ああ・・・こんにちわ」 塔矢の彼女がオレに声を掛けながら近寄って来た。 なんだろう?この人はオレのことを待っていたのか?塔矢じゃなくて。 「えっと?・・・・オレに用ですか?」 「ええ、いきなりで申し訳ないんですがもしよろしければちょっとこれから少しお時間いただけますか? お話したい事があって。これから御用事でもありましたでしょうか?」 「いや、別になんも・・・・・・ってか塔矢はいいんですか?だってあんた塔矢の・・・」 「彼ならいいんです。今日は進藤さんにお話があって来たんです」 彼・・・・・なんかあいつのことをそう呼ぶ彼女がちょっとだけ憎らしく思えて、少し顔に出てしまったかも知れない。 そしてたった今オレの心の中に生まれた感情・・・・ これを「嫉妬」と呼ぶんだろうか? 堂々と人前であいつのことを彼と呼べる関係。 羨ましくもあり、それ以上に憎らしいと思ってしまう自分に驚く。 今まで他人にこんな感情を抱いたことは無かったから。 「ここからちょっと歩くんですけど、紅茶の美味しいお店があるんです。そこでもいいですか?」 「ああ・・・うん」 ふたり棋院を出て肩を並べて歩く。 どうも落ち着かずぎこちない。 (なんでこんなことになったんだ?オレが塔矢の彼女とお茶かよ?!) 5分ほども歩くか歩かないかで着いたその店は紅茶の専門店らしかった。 とても静かな店内は落ち着いた雰囲気で、今時の喫茶店とはちょっと感じが違う。 「奥に特別室があるんですが、そこにしましょう。回りの目を気にしなくてもいいですから」 彼女は慣れた風にスタスタと奥に歩いていく。 塔矢とも来てるんだろうか?ここに。 あいつなら好きそうだな、こんな店。 なんて考えながら席に着き山の様にある紅茶のメニューから聞いた事のある名前の紅茶を頼む。 「えっと、改めて初めまして。私、杉野麻子と申します。」 「あーーオレ進藤ヒカルです・・・って今更?」 「お互い今更、ですよね」 いたずらっぽく微笑む彼女はとても美人でそれでいてかわいらしい。 塔矢と連れ添って歩いたりしたら美男美女カップルできっと人の目を引くことだろう。 どこから見たって立派な恋人同士だ。 「進藤さん、さっきっから私の事怖い顔で睨んでる」 「えっ?うそ、そんなことないっ・・・です」 「なんてね、ごめんなさいね、私アキラさんから聞いて知ってるんです。おふたりのこと・・・・・」 『ガタッ☆』 ???!!!・・・・・・・ええ−−−−っ?! オレは思わず腰を浮かせてしまった。 (一体何をどこまで知ってるって?!) 「驚かせちゃってごめんなさい。ちょっとお話長くなりますけどいいですか?」 「は・・・はあ」 ドギマギしながらずれたイスを直し背筋を伸ばして改めて座り直す。 「ええっと…私、実は付き合っている人がいるんです」 「それって、まえ渋谷の居酒屋で見かけたあの人?」 「はい…付き合ってるっていっても、ちゃんとしたお付き合いじゃなくって・・・・つまり不倫なんですけど」 オレはよほど驚いた顔をしていたらしい。 彼女はぷっと吹き出した。…ってここ笑うところじゃないだろう? 「あのさ、ええっと、つまりあんたはその不倫の彼と付き合いながら塔矢とも同時で付き合ってるってのか?! それって二股って言うんじゃないの?」 ちょっときついかな、と思ったけどカチンときてしまったオレは思ったままの言葉を彼女にぶつけた。 彼女の顔が少し曇ったけどそう言わずにはいられなかった。 「そういうことになるんでしょうか?確かにアキラさんとお見合いをしました。でもその時は一旦お互いお断りしたんです。」 「うん、それ塔矢から聞いた」 「私ももともと父から言われるままにしたお見合いでしたので。一度父のいう事を聞いておけば後々煩く言われる事ない かなって思って。ひどい話ですけど」 「まあ、それは塔矢もお互い様だったみたいだけどな」 「そう言っていただけると有難いです」 「そんでどうしてあんたと塔矢がそれから付き合いだした訳?断ったんならそれで終わりにするのが普通じゃねえ?」 「私がアキラさんに甘えてしまったんです。あの方本当に優しいからつい。その・・・・付き合ってる彼と上手くいかなかった りしてたもんですからちょっとヤケになってしまってたところがあるのかも知れません」 「ふぅ〜ん、なんとなく流れは想像できるよ。つまりあんたは塔矢を利用したんだ。違う?」 「そうです」 「う、そうキッパリ言われると・・・ごめんオレキツイこと言った。カンベンな」 「いえ進藤さんのおっしゃる通りですから。私はアキラさんを利用して現実から目を背けようとしていた。」 そう言うと彼女は顔を上げてオレに視線を向けた。 「そしてアキラさんも私と会う事で現実から目を背けようとしていました」 「あっアイツに目を背けなきゃなんねえ現実なんてねえよ!」 「あなたが何を持ってそう言い切れるんですか?進藤さん。彼は苦しんでいました、それはもう見ているこちらが辛くなるほどに!そんな彼も知らないくせにそんな・・・そんな無責任な事言わないで下さい」 はぁ・・・なんか見た目は大人しいけど、この彼女って結構気ぃ強ぇえ! オレは冷えかけた紅茶を一気にゴクリと飲み干した。 「なあ?あんたがそこまで言い切るってことはもしかしてその事にオレが関係してるって事?」 「はい。でも、もうこれ以上の事は私の口からはお話するつもりはありません。直接アキラさんから聞いて下さい」 「うん、そうする。ってかアイツ最近オレの事避けてるっぽいし」 ふぅ・・・・ 今度は彼女が思いっきりため息をつく。 すっかり冷え切ってしまっただろう紅茶にひとくち口をつけながら彼女は言葉を続けた。 「あなたは・・・・進藤さんはアキラさんの事を何処まで想ってらっしゃるんですか?」 「思ってるって?そりゃアイツはオレにとって大事な・・」 「ライバルとか言わないで下さいね?私そういう意味で言ったんじゃありませんから」 ニッコリと笑ってキッパリ言い放った彼女はティーカップをかちゃんと音を立ててソーサーの上に置いた。 怖ぇえ!なんかこの雰囲気オレ知ってる。 そうだ!アイツだ!塔矢だよ。 真っ直ぐこちらを見つめながら余計なことを言わず本質をズバズバ突いてくるとこなんざ、塔矢ソックリだ! 「はぁ〜〜負けました。オレ塔矢のこと好きだよ。他の誰にも渡したくないくらいに!これでいい?!」 「他の誰にも渡したくない、かぁ・・・・。それってスゴイ殺し文句です、進藤さん。アキラさんが羨ましい」 「そんでさぁ、ここまで言わされちゃったオレが言うのもなんだけど今日のあんたの目的って一体なに?まさかオレと塔矢の仲を取り持とうってぇんじゃないよな?」 「いえ、自分の気持ちに区切りを付けたかったんです。これ以上行くと私アキラさんに本気になってしまいそうで」 そう言いながらティーカップを手に持ってゆらゆらと揺らしながらふと腕の時計に目をやった。 「ああ!いけない、もうこんな時間!もう随分お待たせしちゃったかしら?」 「え?何?」 「NTホテルの1階ティールームでアキラさんと待ち合わせているんですけど、私はこれから人に会わなくちゃならなくなってしまってそこには行かれません。進藤さん、行って下さいますか?」 「杉野さん・・・・」 「あ、やっと「あんた」から杉野さんに格上げですね♪もう待ち合わせ時間から30分も経っちゃったわ。急がないと」 オレは急いで立ち上がりペコリと彼女に頭を下げるとレシートを掴んで走り出した。 「今日車で来てて良かった」 そのホテルまでは車で20分くらいか? オレは思いっ切りアクセルを踏んだ。 麻子さんが言った通り、塔矢はホテル1階の喫茶店にいた。 何やら本を読んでいるみたいだ。 あの日別れて以来だ、塔矢とこうやって対面するのは。 ドキドキする胸を抑えつつオレはアイツが座ってるテーブルに向かって歩いた。 「よっ♪」 「し・・っっ進藤?!どうしてここに?!」 「うん、まあ・・色々あって、さ。・・・ってオマエこんなとこに来てまで「詰め碁集」かよっっ?!・・・ったくオマエって奴は〜」 「いつも漫画ばっかり読んでるキミに言われたくない」 ぷんっと頬を膨らませてそっぽを向く塔矢。 ああ〜〜可愛い! こんな顔を見せるのはオレの前だけだって知ってる?塔矢? 「なあ、上行こうか?お前メシまだだろ?オレもうハラが減っちゃってさぁ〜」 「え?あの・・・ボクは麻子さん・・あ、彼女とここで待ち合わせをしてて・・・」 「来ないぜ、彼女。」 「どうして?どうしてそれをキミが?」 「ん〜だからさ、その辺まあメシでも食いながら話そうぜ。な?いい?」 「うん・・・・・」 ふたり連れ立ってエレベーターに乗り込む。 あ〜〜このホテルってば、以前コイツと鉢合わせした所じゃんか。 そしてこんなにコイツに接近するのは、オレが塔矢を押し倒しちゃったあの時以来だ。 こんな狭い空間で二人っきりだなんてヤバすぎる! そっとアイツの顔を覗き見た。 オレと視線が合って慌てて俯き加減にエレベーターの床に視線を落とすアイツの髪がさらり落ちて白い首筋があらわになって・・・・ それだけでもうオレの心拍数はマックスになりかけた。 (やべぇ!早く着いてくんねえかな?!このまんまじゃ生殺しだよ!) 「進藤・・・・」 と塔矢が顔を上げて口を開きかけた時エレベーターがレストランのある階に着いた。 「降りるぞ、塔矢。店の中でゆっくり話そう、な?和食がいい?それとも洋食か?」 「キミに任せる。軽くお酒が飲みたいから、出来ればワインの飲める店にしてくれ」 「ラジャ☆」 オレは地中海料理の店を選んだ。 確か前ここに来た時(振られた彼女と)結構店の雰囲気が良かったのを覚えてる。味もなかなか良かったし。 食前酒が運ばれてきた。 「まずは乾杯☆ってかお疲れ様。色んなことに」 「進藤、なぜキミがここに来たのか教えてくれるか?」 「まあまあ・・・まずは飲んで食べてそれからゆっくり話そうぜ」 「でも、麻子さんは本当にここへは来ないんだな?」 「疑い深いなあ、塔矢はぁ。オレここへ来る前に彼女と会ってたんだよ」 「?!」 塔矢の顔色が変わった。 何となく察したんだろう。 彼女が話した内容を・・・・。 「うん・・・・・・まあ・・色々と、色々と話したよ。彼女イイ人だな。男前だよ、オレなんかよかずっと」 「は?何言ってるんだ?進藤。彼女はれっきとした女性だぞ!」 「あはははは!気性が、って意味だよ。ホント面白れぇな、オマエって」 「からかってるのか?キミは」 (あ、またふくれた。) 可愛い。 男に向かって可愛いもなにも無いもんだけど、普段ポーカーフェイスであまり表情を変えないはずの塔矢は昔っからこのオレの前だけでは、よく表情を変える。 それに気がついたのはお互いちょっと距離が出来ちまってからのことだったんだけど。 食事も終わりコーヒーが出てきたところでオレは話を切り出す。 「麻子さんからオマエとの経緯を聞いた。彼女の気持ちも。だけど、オマエの気持ちはまだ聞いてない。」 塔矢の肩がぴくっと動いた。 「焦らせるつもりなんて無いんだ・・・無いんだけど、でもオレ聞きたい。お前の気持ちをオマエの口から。だからこれ・・・・・」 そう言ってテーブルの上にカードキーを出す。 「オレここに部屋とったから。もし、もしオマエがOKなんだったら来て。」 そう言ってからコーヒーをぐっと飲み干してオレは立ち上がった。 会計を済ませて店を出ながらオレはエレベーターの前に暫らくたたずんだ。 塔矢はまだ店から出てこない。 (やっぱダメか) オレは下りのボタンを押した。 「進藤」 「とっ塔矢!」 ちょうど呼んだエレベーターが到着して、ふたり中に乗り込む。 「何階なんだ?・・・その・・・・・・部屋は」 「ええっっ?ああ・・・じゅ・・15階」 塔矢が15のボタンを押しているのを信じられない面持ちでオレは見つめた。 あっと言う間に15階に到着してしまったエレベーター。 部屋へとふたり向かいながら服の内ポケットからカードキーを取り出す手が情けないくらいに震えていた。 部屋のドアを開けながらオレはもう一度、塔矢に向かって 「いいのか?」 と聞く。 無言でうなずく塔矢。 扉が音も無くオレたちの後ろで閉まるのを感じた。 |
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