別れ・15


部屋のベルを鳴らすと、中からバタバタと足音が聞こえドアが開き懐かしい顔が現れた。

「塔矢!」

「進藤・・・・久しぶり。入るよ」


アキラはなるべく視線を合わせない様に、進藤の身体の脇をすり抜けて部屋の中に入った。
バッグをベッドの脇に置き、ゆっくりと部屋の中を見回す。
流石に支配人がいい部屋、と言っただけのことはあってふたりでは勿体無いような広さの作りだった。
進藤もまだ着いて間もなかったようで、彼のバッグは開いたままベッドの上に置いてあった。


「忙しいのにお疲れ様だったな」

「それは君も同じじゃないか?」

「ああ、うん、まあそうなんだけど」


アキラは上着をハンガーに掛けながら、背中に進藤の視線を痛いほど感じていた。
(顔を合わせる時間をなるべく少なくしたい。)
と思いゆっくりと自分のバッグから替えのシャツやネクタイを取り出し、それもハンガーに掛ける。
しかしそれさえも済んでしまうと、もう後はやることが無くなってしまう。
前夜祭が始まるまでにはまだ、あと1時間以上はたっぷりとあった。
さて、どうしよう。と思いつつもつっ立ったままでいるわけにもいかず、取り敢えずは窓際の椅子に腰掛けることにした。


「なあ、塔矢。お茶でも飲む?」


それまで、自分のバッグをごそごそやってた進藤もする事が無くなったようでアキラに声を掛ける。


「キミが入れてくれるのか?サービスがいいな。頼むよ」

「ほい、熱いぞ。気をつけて」

「ありがとう」


なんとなく空気がぎこちない。
それはそうだ。
手合い以外で面と向かうのは1年ぶり以上なのだから。
ふたり、ひとくちお茶をすすっては窓の外に視線をやったり下を向いたり、ため息をついてみたりでなかなか
顔を合わせることが出来ず・・・。
そんな沈黙を破ったのは進藤だった。


「塔矢、今頃だけど棋聖戦おめでとう、凄かったな最後の怒濤の追い上げ。オレTVで見てたぜ。」

「うん、ありがとう。見ててくれたんだ」


「史上最年少棋聖、だよな」


「まだ実感は湧かないんだけどね。でも棋聖になったからってボクがどう変わるわけでも無いし」


「んーーまあ、そうだよな。棋聖っつったってオマエはオマエだしな」

「そう言ってくれるのはキミだけだよ」

「やっぱ棋聖になって周りとか変わったりした?」

「うん、マスコミがちょっとね。煩くなったかな?取材がやたら増えて困る。しかも取材内容が碁以外の内容のものが多くて疲れるし」


どんな内容?と進藤は一瞬言いそうになったが、聞かずともわかる内容を改めて本人の口から聞くのもまたここで質問するのも明らかに流れ的にマズイと判断して開きかけた口を閉じる。
どうせ、「彼女は?」とか「結婚しないんですか?」とかそういったプライベートに関する類のものだろう。
アキラの方も「言うんじゃなかった」というような顔をしているし。

「小林さん、大丈夫かなあ」

「え?ああ。もう退院して今は自宅療養されているみたいだね」

「そっか、それはよかったな」

「塔矢先生はお元気なのか?」

「ああ・・・相変わらず海外を元気に飛び歩いているよ。
そういった意味ではボクよりも元気なんじゃないかな?」

「そっか・・・塔矢先生もお元気か」

「うん・・・」


微妙に視線が空回りしつつ進む、ふたりの会話。

そんなことを聞きたい訳じゃない。
と進藤は思う。
別れてから一時、お互いボロボロになって塔矢は体調まで崩して本当に見ていられなかった。
あの頃、自分からは声を掛けることも出来ずどれほど悔しい思いをしたことか。
しかし塔矢はあれから自力で立ち直って、今は棋聖として自分の目の前にいる。
ここまで来るのに色んな葛藤があったと思う。
実際自分も色々あった。
今回棋院事務局からこの話があった時、始めは一旦断った。
自分も気まずいが、それ以上に塔矢に気まずい思いをさせたくなかったからだ。
しかし
「今から代役を探すのは容易じゃない、助けると思ってどうか!」

とすがり付かれてしまってはイヤとは言えず
「では塔矢がいいと言うのならオレ行きます」
と答えたのだった。
「多分アイツは断るだろう」
と思っていたら、OKしたと言う。

いざ塔矢に会ったら自分は後ろめたい気持ちばかりが先走ってしまって、普通にしていられる自信がなかった。
だけど、実際塔矢を目の前にして湧き上がってくるのは以前と変わらぬ塔矢への愛しいという気持ちだけ。

手を伸ばせばすぐに抱き寄せることの出来る距離が進藤にとっては耐え難いほど辛いものであった。

(今すぐ抱きしめて、キスして滅茶苦茶にオマエを抱きたい)

けれどそんなことが出来るはずもなく。
既に妻帯者となりまた、一児の父でもある自分には何も言う資格は無いのだ、と言う無力感だけが進藤を襲いどうにもやり切れない気持ちに押し潰されそうになる。
会話も途切れ、気まずい空気が流れ始めた。




                                                    2005年10月25日

 

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