別れ・19
| 8月18日 本因坊戦の予選が始まった。 進藤、塔矢ともに順調に予選を勝ち抜き「本因坊戦・挑戦者決定戦リーグ戦」入りを果たした。 「今年の竜虎は一味違う!」 今までその時々で戦績にばらつきがあった進藤も、今年は常に安定した打ち回しを見せ今のところ負け知らずだった。 当然、対する塔矢棋聖もまた同じで並み居る歴戦の棋士たちを次々と打ち負かしていった。 「同い年のライバル」とうたわれて久しい二人のその様子に、囲碁界は元よりマスコミも次第に騒ぎ始め、先のような言葉が世間を賑わし始めていたのだった。 《本因坊リーグ》 本因坊挑戦者を帰し8名により決める リーグ戦・・・・・・・ 塔矢棋聖・・・6勝1敗 進藤八段・・・6勝1敗 挑戦者決定戦は塔矢対進藤、ということになった。 4月15日 日本棋院、幽玄の間 《本因坊挑戦者決定戦》 全互先 先番6目半コミ出し 持時間 各5時間 秒読み 残り5分前より 黒:進藤八段 白:塔矢棋聖 「これだけは譲れねえ!」 「ああ、もちろんボクもだ!今日は全力でぶつかるよ、進藤」 昨年、世界アマチュア囲碁選手権の招待委員として招かれた先で肌を重ねあったふたりが今、激しく火花を散らそうとしていた。 プレッシャーなど、まったく感じさせない。 勝てば本因坊挑戦、負ければ何も残らないという大一番なのに、序盤はすらすら進んでいく。 塔矢棋聖が20分、考えたところで昼の打ちかけとなった。 「オマエ、相変わらず飯・・・食わないのか?」 まさか話し掛けられるとは思ってもいなかった塔矢は驚いて顔を上げる。 「ああ・・・・今日は特に・・・・何も入りそうにないよ」 「あんまムリすんなよ」 「うん・・・・ありがとう」 ふわり、と笑顔を進藤に向けた。 それ以上進藤も声を掛けることはせず、部屋を後にした。 昼休憩が済み後半の対局が始まった。 白28とコウを仕掛けた瞬間、碁は黒勝ちコースへ。 しかし、黒のアテで形勢は大きく白へ傾いた。 この間わずか2分。あっという間だった。 が、しかし白の攻めに対して、黒も最強の手段で応じる。 まさに盤面は、足を止めての殴り合いの喧嘩の様相を呈してきていた。 優劣がどんどん入れ替わる。 見守る者たちの中に勝負の流れがどちらへ向いているのかなど、最早判断がつく者はいなかった。 終局は午後8時37分。 壮絶な戦いだった。 その時、塔矢棋聖は目をぎゅっとつぶり、大きく息を吐き出しながら天を仰いだ・・・・・・・ 対する進藤八段は、扇子をギリ・・・・と握り締めたまま目は未だ盤面に注がれていた。 「ありません・・・・・」 そう言葉を発したのは、塔矢棋聖。 それまで水を打った様に静まり返っていた幽玄の間にざわめきが走った。 「あのふたりの対局には戦慄を覚えました。背筋に冷や水を浴びせかけられた・・・と言っても過言ではありませんね」 後に緒方名人はこの対局の感想を求められた時、そう静かに語ったという。 廊下をひとり歩く塔矢の耳に、これから勝利者インタビューに向かう記者たちの会話が唐突に飛び込んできた。 「進藤八段だけどさ、オマエ知ってる?」 「え?何?」 「何でも離婚したって話だぜ!」 「ええっ?うそだろ?!だってまだ結婚して何年だよ!」 「う〜ん・・・そうなんだよなー。まだ子供だって小さいだろ?」 「そんな中で勝ったのかぁ・・・ある意味凄いな、進藤八段」 「さすがに今日はそんなことを聞くわけには行かないけど、おいおい伝わるんじゃないか?」 次第に遠ざかる会話に身体が凍りつく塔矢だった。 「何があった?!進藤!」 2005年11月21日 |