別れ・20


あれから数日後・・・・・

棋院内の至る所で進藤の離婚話が囁かれていた。
「結婚話」ならまだしも「離婚話」だ。流石に本人を目の前にそのことに触れる者はいなかった。

しかし当の本人である進藤が、さして落ち込んでいる様子もなく飄々としていたので日が経つにつれその話題が出ることも無くなり・・・・
また棋院にはいつもの空気が流れ始めた。

塔矢は、と言えば気にならないはずも無くしかし、直接進藤に尋ねる訳にもいかず、で半ばイライラした日々を送っていた。


「和谷君ならもしかしたら何か進藤から聞いているかも知れない」


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「進藤な・・・・ああ、オレもこの間初めてその経緯を少しだけ聞いた」


棋院近くの小料理屋で塔矢と和谷は酒を酌み交わしていた。


「なんでもさー、奥さんがどうも出産してからこっち、ちょっと育児ノイローゼ?みたくなってたらしくってさ。
始めは週末になると実家に帰ってばっかいたらしいんだけど、そのうちまるっきし実家に入り浸り状態になってたみたいだぜ?」

「それって・・・・」

「うん・・・・もう去年の春あたりには殆んど別居状態だったんだと」

「一体何が?!」

「うぅ〜〜ん・・・・夫婦のことばっかは周りには判らないからなあ。色々とあったんじゃないのか?そこら辺の詳しい事は濁していたからさ。奥さんまだ若かったし。まあ進藤も若いけど・・・・・」

「そ・・・う・・・」


手元のグラスに目を落とす。


「子供も連れてったみたいだから進藤の奴、今はのんびり一人身ライフをエンジョイって奴だな。ま、そんなのん気なこと言ってられる場合じゃないだろうけど」

(進藤・・・・・・)


「進藤から連絡は無いのか?」

「いや、無い。・・・・・・って、あるわけないじゃないか」

「そうか・・・・まあ・・そりゃそうだよな・・・でもさ、塔矢」


和谷が塔矢を見詰める。


「何?」

「よりを戻そう、なんて考えないの?」

「そんなことっっ!」


ガタッと激しく音を立てその場に立ち上がる。


「塔矢だってさ進藤のこと、その・・・・まだ忘れてないんだろ?」

「う・・・・ん」

「そっか・・・・・塔矢って」

「何?」

「いや、塔矢ってさ、ムダにストイックなところがあるからさぁ、それが時として裏目に出ることとかあるんじゃないの?」

「ストイックって、ボクは別に・・・そんなつもりはないんだけど。それに進藤だってそんなことは望んだりはしないよ」

「そうかな・・・・塔矢は気がついてないかも知れないけど時々進藤の奴、オマエ事じっと見てたりしてるぜ。そんなの見てるとさ、オレは進藤の奴未だに塔矢に未練たっぷり、と思うけどな。言い方悪いかもだけど。」

和谷のストレートな物言いに塔矢の頬がさっと紅く染まる。

実は塔矢も薄々気がついてはいた。
時折感じる彼からの視線・・・・
けれどその視線にどう応えろというのだ?



「オレさ、お前たちの事100%賛成してたって訳じゃないんだ。今だから言うけど。だけどふたりで楽しそうに笑ってたり、言い合いしてたりすんの見れないってのがさ・・・・なんか辛いんだよ。オレとしてはすっごく。進藤にあれこれ惚気られてた時ゃあ、すんげーイヤだったけど・・今となってはそれすら懐かしい訳」

「それって何か複雑なんだけど」

「あはは。まあ、さ。以前ほどじゃないけど今だってお前たちさ、棋院ですれ違っても言葉も交わさない、視線すら何気に避けてるじゃん?他の奴らはもうお前らふたり大人なんだし、まして塔矢はタイトルホルダーだ。そんなモンだろ、って皆は思ってるみたいだけど内情を知ってるオレからすれば見てて辛いもんがあるんだよ」

「そっか・・・ボクも・・うん・・本当は辛い・・」

「だろ」

「その、辛いって言うより歯がゆいって言った方がいいのかも知れない。何も出来ない自分が悔しいんだ」

「それは進藤に対してって事?」


塔矢は言葉には出さず、コクリと頷く。


「でも、ま、何だかんだ言って進藤の奴元気じゃんか?塔矢が辛がるほど心配することもないんじゃないか?」


いや、それは違うと思う。
進藤は思ったことはすぐ口にするタイプで、周りからすれば「分かり易い奴」と思われている節があるが一緒に暮らしてみて、塔矢自身もその認識は大きく変わった。
彼の心の中には大きな湖のようなものがある・・・と感じたことが度々あった。
ちょっとしたことで怒ってみたり、拗ねてみたり・・・・・でもそれはあくまでも表面上の事で彼の根底には常に穏やかな水面が広がっている・・・・
揺らがないのだ、彼は。
それは一時彼が碁から離れて、そして自分の元に戻ってきた後しばしば感じた事だった。
(あれから妙に大人びてしまった、進藤は。)
そしてそれは、つまり自分の感情を100%表に出してはいないと言うことに他ならない訳で。
そんな彼だからこそ、塔矢は心配でならなかった。

ヒカル・・・・・キミは今どうしてる?




2005年11月26日

 

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